例の浦和VS湘南戦の大誤審問題の波紋が広がっているが、あの試合は単に誤審の度合いが甚だしかっただけでなく、その苦難を乗り越えて湘南が劇的な逆転勝ちをしたということで、Jの歴史に刻まれることになった。

 この試合についての論評記事が色々と出ている中で、決定版とも言うべき記事が、こちらだろう。読んでいて目頭が熱くなるほどである。この中でも、とりわけ印象的であり、また我々清水が見習わなければならないのが、次のくだりだ。

 「中盤をダイヤモンドにして、さらに攻撃の枚数が増えたことで、攻撃の距離感が近くてボールを動かしやすかった。中盤で数的優位を作っていけた。2点目のクロスも(ゴール前に)入るフリをして止まって、そこからマイナスの折り返しを受けるイメージ。練習通りだった」

 野田が口にした「練習通りだった」。この言葉の持つ意味は重い。

 不利を受けたり、不安定な状況でこそ、勝利のためにすべてを出し切れるメンタリティーがあるかが重要になる。それを練習でやっているか否か――そういう意味で、ピッチには日常が出るのだ。

 (中略)浦和戦で、リバプールがやったことを、湘南がやってみせた。チョウ監督がクロップに見えた瞬間だった。浦和戦後、チョウ監督はこう話している。

 「上手くなりたい、勝ちたい、諦めないという気持ち。日々の練習で、ピッチの中と外で彼らと一緒に向き合っていく。それがピッチに出る。今日、僕が選手に言った『金言』はなくて、普段のピッチ(でやっていること)が後半に出た。これは自慢でも、驕りでも何でもなくて、ただ日常が出た。ひとつひとつ向き合ってやってきたことで、今日のようなプレゼントがあった。たまたまかもしれないが、たまたまという言葉ではすませない彼らの強い思いがあった」

 所長は、清水の過去の監督のことを、事後的に批判するようなことは避けたいと思っている。そんなことをしても、何の意味もないからだ。だから、これは批判ではなく、直近の失敗を糧に、これから立ち直っていくための、教訓と受け取ってほしい。言うまでもなく、ヨンソン前監督のことだ。

 むろん、チーム内部の本当のところは、我々部外者には分からない。しかし、ヨンソン監督のイメージとして、メンバー表にベストメンバーを書き込めば、あとは自ずと選手たちがベストプレーをしてくれるはずだといった、大雑把さがなかっただろうか? 果たして、湘南のチョウ監督のように、対戦相手の緻密なスカウティングを踏まえて、具体的な攻略法を練り、それを練習で選手たちに落とし込むという、勝つために必要な手立てを講じていたのだろうか?

 現実には、ヨンソン清水の試合を見ていると、一見すると「内容は良い」ような入りをしながら、試合展開とともになぜか手詰まりになっていき、選手たちが頑張ろうにも、どう頑張っていいのか分からないような、迷子状態になっていた。浦和VS湘南戦が示した「ピッチには日常が出る」ということ、こうした精神で篠田監督を中心に再建を図ってほしいものである。

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