エスパルス研究所

清水エスパルスの躍進と新スタジアム建設に向けた考察

カテゴリ:エスパルス > レジェンド

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 札幌戦の解説で、戸田和幸氏が来てくれることを事前に知り、色めき立った。個人的には、たとえ清水が負けたとしても、下田さんの実況や戸田さんの解説であれば、それ自体に価値があるので、負けたなりに得るものがある。今回は残念ながら実況は下田さんではなかったが、担当した蓮見さんは地方アナウンサーとしては力量がある方であり、このコンビなら放送自体にストレスはないだろうと安心できた。

 その一方で、個人的にはこんな思いもあった。まだまだモフサッカーが未完成のこの段階で、戸田さんに見てもらうのは恥ずかしいな、と。前の晩、戸田さんはCLのシティVSレアルを解説していたのだ。どうあがいたって、CLよりは見劣りするだろうから、うちのサッカーが相当お粗末に見え、Disられるのが関の山だろうかと、そんな心配をしていたのである。

 いや、もっと言えば、もしも札幌戦にまたも惨敗するようなことがあったら、解説席の戸田さんのところに直訴に行って、「もうアカン、ピーターは今シーズンいっぱい持たない。戸田さん、貴方やってくださいよ」と訴えてみようかと、そんな妄想までしていたのである(あくまでも妄想)。

 しかし、スタジアムの生観戦後に、改めて戸田解説でDAZNを観てみたが、結局そんなに戸田さんに苦言を呈されることもなかった。清水の調子が上向きで、結果的にも勝ったこともあって、酷いダメ出しはなかった。「開幕当初のように、バランスを崩して無理に攻めに行かなくなった。それによって大きく崩れることがなくなった」というのが、トータルな評価だったようである。その上で、立田のボールに食いつきすぎるクセとか、自陣ゴール近くで不用意なファウルを犯す傾向とか、そういう問題を部分的に指摘するような解説ぶりであった。

 ただ、戸田さんは観戦後に、試合の特筆すべきポイントにつきYouTube動画を配信したりするのだが、今のところ清水VS札幌戦に関してはそれが出ておらず、そんなに戦術的に特筆すべき点はなかったということだろうか?

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 それにしても、色んなチームに清水ゆかりの人物がいるものである。そして、そういう選手が清水在籍時代以上に良いプレーを見せたりすると、若干微妙な心境になる。

 日曜日の京都と磐田の試合を観たが、京都側でウタカと飯田が先発出場。この試合、結論から言えばウタカの2得点で京都が2:0の勝利を収める。にしても、ウタカは本当に上手い。ドウグラスほどの万能ストライカーではないかもしれないが、ツボにはまった時の得点力は、ドウグラスと同等と言える。トラップ、バウンドに合わせるタイミング、相手の逆を突くターン、シュートのタイミングとコースなど、思わず「上手い」とうなりたくなるようなプレーを見せる。日曜日の磐田戦での2得点も、その特徴が良く出たものだった。

 ウタカは、清水でくすぶった後、広島でJ1得点王になるわけだが、広島の首脳が、「ウタカは清水ではカウンター要員のように使われていたが、うちならもっと活かせる」というような話をしていたのは、悔しかった。まあ、結果に表れているわけで、何も言い返せない。静岡で気に入ったのはおでんだけだったとしたら、うちにとって何とも情けない話である。京都も、早くもウタカのトリセツを理解したようであり、果たして今季J2で何点とるか、楽しみである。

 あと、京都側では、飯田が清水では見たことのないような溌剌としたプレーを見せていて、驚いた。清水時代の飯田については、期待はしていたのだが、「良いプレー」というのを、ほとんど思い出せない。たぶん、彼がリーグ戦で先発して、勝った試合は一つもなかったのではないだろうか(時間がなくて確認できないが)。それが、京都に行ったとたん、清水ではついぞお目にかかれなかったようなピンポイントクロスを何本も上げており、思わず目が点になった。


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 今ではキャスターとして知られる永島昭浩氏。若い清水サポの皆さんは、彼がエスパルスの一員として戦った一時代があったというイメージが湧かないかもしれない。元々彼はガンバのスター選手だったわけだが、清水がくどいて、Jリーグ2年目は清水に所属したのだった。

 その永島氏のインタビューが、こちらに掲載されている。かつての在籍選手が、清水のことをどう言っているかは気になるところだが、基本的に好意的な内容で、安堵した。以下のような発言が注目される。

 Jリーグが開幕した時には、その後まさか自分がガンバから移籍するなんて、思ってもみませんでした。ただ、エスパルスが熱心に誘ってくれて、自分もまだ若かったので、新たな挑戦のほうに魅力を感じました。いま振り返ると、カズ(三浦知良)と一緒に露出をして、Jリーグを盛り上げていく立場だったので、リーグ全体のことを考えていれば、移籍はしなかったかもしれません。自分の事だけを考えて決断してしまい、若気の至りでした。

 ガンバからエスパルスに移籍する時、実は当時のエスパルスの社長が大阪まで来ていただき、『いまの年俸の2倍を出す』と言ってくれたんです。ただ、『お金で移籍した』と言われるには嫌でしたし、自分の生き方としも違うと思ったので、『ガンバと同じで構わない』とお断りしました。

 (清水から神戸へのの移籍に関しては)ヴィッセルは95年の1月に発足したんですが、実はそれに合わせてオファーをいただいていたんです。新しいチームを作りたいので力を貸してほしいと。故郷の神戸のチームだったので、個人的には前向きだったのですが、エスパルスはJFLのチームに出すわけにはいかないということで、一度お断りしたんです。ただその後、ヴィッセルの始動日でもあった1月17日に阪神大震災が起きた。僕の実家も全壊しました。幸い両親は無事だったんですが、ボランティアなどを経験する中で、自分は他に何が出来るんだろうとずっと考えていました。エスパルスでの2年目がスタートしていたんですが、ヴィッセルはスポンサーのダイエーが撤退し、どうなるのだろうと気になっていました。それでも、Jリーグ入りを目指して頑張るという話を聞いて、ヴィッセル関係者の覚悟を感じました。そして、再度オファーをいただき、エスパルスも『永島の意志に任せる』と言ってくれたので、移籍を決断しました。

 なるほどねえ。Jリーグが開幕して、選手の年俸が高騰し、その中で清水も無理をして戦力を拡大して、それが後に経営危機に繋がるわけだけど、永島氏の証言は(本人は2倍の年俸は辞退したそうだけど)当時の雰囲気を伝える非常に生々しいものだ。

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 試合がないものだから、メディアでは歴史振り返り企画が盛んだが、その中でも、「Jリーグ歴代ガッカリ外国人の系譜」といったものが目立つ。ちょっと検索しただけでも、こちらこちらこちらなど3つも目に付いた。

 まあ、だいたい大失敗するパターンというのは決まっていて、盛りを過ぎた元ナントカ代表のアタッカーみたいのが鳴り物入りで加入すると、ガッカリへの一直線という感じである。Jリーグは、初年度のリネカーで失敗したにもかかわらず、いまだにトーレスで同じ過ちを犯しており、学習能力がないのかと言いたくなる。ごく稀に、エムボマとかフッキとか、属人的能力だけで活躍できるアタッカーもいるが、それらは元スーパースターではなく、むしろ今が伸び盛りという選手たちである。

 元スーパースターに個の力だけで得点量産を期待するのは間違っている一方、スーパースター系でも上手く行くのは、イニエスタみたいに周りを活かしてチーム全体を活性化させられるタイプ(その結果ビジャも活きた)、ジーコみたいにクラブの文化や伝統そのものを作り上げるタイプ、ドゥンガのようにチームに闘志や規律を吹き込めるタイプなど、要するに組織体としてのクラブ・チームを変えられるタイプである。

 かく言う清水も、もちろん、外国人の当たり・外れは、色々あった。オールドファンは、「オリバが最強だった」というようなことをおっしゃる方が多いが、当時はスカパーの中継もなかったし、個人的にあまりプレーを見れておらず、オリバ=最強というイメージはない。やはり、間近で見たドウグラスが別格だったと感じる。

 最大のガッカリは、これも自分の観た範囲内ということになるが(なのでマッサーロは除外)、やはりユングベリかな。プレーそのものが悪かったわけではないけど、何せすぐにケガをして、とっとといなくなってしまったから。清水の経営規模からしても、もう鳴り物入りの元ナンチャラ代表スーパースターは御免被りたいという気がしている。


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 巣ごもり生活、Jリーグのない空虚な日常が長引いて、YouTubeで過去動画などを見て過ごす人が増えていることだろう。そんな中で、上に見るような小野伸二の動画は、画質は最悪だけど、確かに見応えがある。以前誰かが小野のことを、「あの怪我さえなければイニエスタ、シャビくらいにはなっていた」とか言っていたような記憶があるが、それも納得するくらいの天才ぶりであったことは事実である。

 ちなみに、かく言う所長も、彼が高1だった頃から、注目していた。当時たまたま清水商業の試合のテレビ中継があり、一年生ながら奇抜なパスを連発するモンチッチの姿に目を奪われたのだ。

 その一方で、上掲動画を見ていると、複雑な思いもこみ上げる。清水の経営危機さえなければ、ストレートに清水に入ってくれていたかもしれない逸材。だいぶ回り道をして、清水に来てはくれたが、日本平でまばゆいばかりの輝きを放ったかというと、そうとも言い切れず。むしろ、「背伸びをして小野を獲得したにもかかわらず、タイトルをとれなかった」ということが、その後の清水の歴史を暗転させた。もちろん、小野個人を責めるのではないが、我々にとっては少々ほろ苦いところがある。


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 昨日に引き続き、NHKのBS1で先日放送した番組の話になるが、4月3日に放送して録画してあった「Jリーグ伝説のプレー!レジェンドたちが生トーク」という番組を、このほどようやく視聴した。

 この番組のコンセンサスとして、レジェンドたちが最も驚いた凄いチームは、2002年のジュビロ磐田だったという結論になっていた。ただ、そのチームにいた福西が驚いたチームは、1999年の清水だったというところが、微妙なあやである。

 1999年の清水は、実際に強かったと思うし、リーグ戦タイトルに史上最も近付いた瞬間だったが、ああいう、とるべき時にタイトルをとっておかないと、その後の歴史を困難にすることになる。

 清水の方は優勝こそできなかったものの、清水にも磐田にも、確かに黄金時代はあった。しかし、その後、大都市圏のチームが力をつけたり、移籍ルールの変更があったりで、静岡勢が地盤沈下していく。

 とはいえ、静岡勢にも、その後もやり方次第では、タイトル争いに加わったり、J2降格を回避したりすることは、可能だったはずである。所長の個人的印象では、清水は一言で言えば経営縮小に失敗したのだと思う。健太政権の最終年、背伸びをした投資で小野を獲得し、あそこで何らかのタイトルをとれていれば投資を回収できたはずだったのだが、無冠に終わったので縮小均衡に舵を切り、そこから坂道を転げ落ちるように弱体化していった。一方、これまた個人的な印象だが、磐田は世代交代の失敗だったのではないだろうか。


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 先日、NHKのBSでやっていた1993年5月15日のJリーグ開幕戦、ヴェルディ川崎VS横浜マリノス、録画してあったのを、ようやく観ることができた。

 今、この試合を観て思うのは、Jリーグ開幕当初のスター選手というのは、1993年の時点で、結構歳をとってたんだな、ということ。川崎VS横浜の試合では、スタメンの平均年齢が両チームとも29歳を超えていたようだ。ちなみに、あのカズはJリーグが開幕した時に、すでに26歳だった。サッカー選手で26歳と言えば、もうキャリアの半ばくらいだろう。そう考えると、色々ビミョーな点はあるにせよ、とにもかくにも、カズがいまだに現役を続けているということ自体、やはり驚異的と言わざるをえない。

 それで、この1993年5月15日の開幕戦を飾った主力選手たちは、そのまま同年のドーハの悲劇の主人公にもなるわけだ。もちろん、翌日の5月16日に開幕を迎えたエスパルスの主力選手たちも同年代であり、同じ運命を辿る。

 ドーハの悲劇のメンバーで、その次のW杯予選および本大会まで生き残れたのは、ごくわずかだった。Jリーグ開幕当初の主力選手たちは、アトランタ五輪組など、下の世代によってすぐに塗り替えられてしまったのだ。

 ドーハの悲劇の時に、所長は、「皆、かわいそうだな。まあ、堀池は次のW杯も狙えるだろうけど。健太はどうだろう?」なんて思ったものだった。しかし、ドーハの悲劇後、確か堀池は一回だけ代表に呼ばれたくらいで、以降はまったくお呼びがかからなかったなあ。

 1993年の開幕戦を観ると、本当にカズはキレている。以前誰かが、カズの特徴として、足が速いわけではないが、相手の逆をとるのが抜群に上手いと評していたことがあったが、まさにそのとおりで、ドリブルやフェイントで相手をひょいひょいとかわしていく。ああ、この状態のカズを、W杯に出してあげたかったものだ。その後カズは、アジア予選で挫折した経験から、「体重を増やして当たり負けしないようにしなければ」という路線にシフトし、当初の軽やかさが失われていくのだ。

 「ドーハの悲劇があったから、その後の日本サッカーの発展があった」なんて言い方もあるが、とにかく所長はこれらの選手たちにW杯に行かせてあげたかったと思うわけである。


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 最近はコロナ中断のことばかりが焦点となってしまっている。戸田和幸氏が最新の『エスパルス・ニュース』に寄稿した巻頭コラムは、本来であればもっと話題になっても(いや、物議を醸しても)よさそうな内容だったが、ご時世からか、あまり皆さんに取り上げられなかった印象だ。

 それにしても、忖度という言葉を知らない男だと思う。さすがに清水の公式会報なので、多少オブラートにはくるんでいるが、戸田氏がここで指摘していることは(ルヴァンとJ1を1試合ずつ消化した3月11日に執筆)、モフサッカーへの期待感を高めているサポにとっては、氷水をぶっかけるような、そのくらい辛辣な内容である。所長なりに、それを意訳して整理すれば、以下のとおりとなる。

  • 清水は難しいサッカーを選択してしまった。夢を追うのは結構だが、プロの指導者は育成が仕事ではなく、結果責任が問われるわけで、この方向性には疑問を感じる。
  • このサッカーを形にするのには、選手の質が必要。テクニックはもちろん、インテリジェンスが求められる。しかしながら、清水の現有戦力がその条件を満たしているかは疑問。
  • このサッカーのキモになるのはボランチだが、実際にはボランチが本来の持ち場にいない場面が散見される。
  • FC東京戦では立田のインターセプトがたまたま成功し先制点を奪えたが、ディフェンダーが本来の持ち場を離れてあのようなイチかバチかのプレーをするのは考え物で、自分が監督だったらああいうことはやらせない。
  • 石毛のサイドバック起用など、ボール保持をベースにしたチーム作りを目指していても、実際には効果的なビルドアップはできていない。下手なポゼションは自分たちの首を締めるだけ。
  • リーグ戦で結果を残すのは守備が安定したチームというのが絶対的な法則だが、今の清水の守備は烏合の衆で、組織化されておらず、危うい。いくら攻撃型のチームを志向しても、これでは多くを望めない。

 と、ざっとこんなような指摘だった。もちろん、実際のテキストはもっと婉曲な表現になってはいるのだが。

 多くの人は、分かってはいるんだよ。分かってるけど、それでもこの方向に、舵を切ったんだよ。


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 このあいだ、「ベルギーリーグは今季このまま終了」というニュースが流れていた。「おや、松原后はまだ1試合しか出てないはずだが」と思って確認したところ、上の表のように、1月に移籍した松原だったが、やはり出場は2月28日の第28節、後半途中の26分までの1試合に留まっている。

 本人としては、相当意気込んで、決死の覚悟でベルギーに乗り込んだはずだが、こんな尻切れトンボでシーズンが終わってしまうとは、ムゴい話である。

 「清水に残っていれば、もっと試合をできたのに」と一瞬思ったが、考えてみれば清水に残ったとしても、今のところ公式戦は2試合だけだから、境遇はあまり変わらないか。

 まあ、しかし、今のベルギーは、練習はおろか、おそらく外出もままならない状況だと思う。たぶん夏までは満足にサッカーができない状態が続く。余計なお世話かもしれないが、松原はいったん帰国して、ヨーロッパの状況が正常化するまで、清水の練習にでも参加したらいいのではないか。お互いに得るものもあるはずだ。

 一方、北川の方は、こちらのサイトで見ると、オーストリアリーグが中断する3月上旬までは、出場機会を獲得しつつあったようだ。ただ、先発フル出場とは行かず、後半途中の投入が多かった模様。クラブから期待はされているはずだが、日本のマスコミで大きく取り上げられなかったということは、あまり目立った活躍をしていなかったということなのだろう。

 北川は、インスタの様子を見る限り、元気そうではある。でも、チーム練習ができない、生活が不自由というのは、たぶん松原とあまり変わらないだろう。こちらの方も、状況が許せば、いったん帰国して、しばらく清水で過ごすというのも、悪くないような気がする。


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 2010年代に清水が低迷した大きな原因の一つに、レベルの高いGKで固定できなかったことがあった。山本海人と林彰洋が競い合っていた時代は、まあそれなりのレベルの競争だったとは思うのだが、当時の監督が敗戦の原因を理不尽にもGKに押し付けるようなところもあり、結局両者とも清水を去っていった。

 そんな林が、インタビュー記事の中で、珍しく清水時代のことも回顧しているので、その部分をちょっと引用させていただく。

 それでヴィッセル神戸の練習に参加させてもらったのですけれど、話がまとまらないでいたタイミングで、清水エスパルスからオファーをもらって、それで清水エスパルスに加入することができたのです。実は最初の半年ぐらい、(当時、手首に深刻な怪我を負っていたので)右手で弾かなければいけないボールは、緩いボールだったらパンチで弾いて、ちょっと強めのボールだったら左手で弾くみたいな感じで、できる限り右手首に負担かけないようにしていました。その時に思ってたのは「今年いっぱいで現役は終わりかな」ということでした。

 するとそこに、アフシン・ゴトビ監督が教え子のトレーナーをアメリカから招聘したのですよ。その人に診てもらったら劇的な回復というか、もちろん完治はしないのですが、状態がとてもよくなりました。シュートに対応するときに右手だけで弾けるなど、よくなるような兆しが見えたのです。手術後1回もそんなことなかったのですが。

 それで「この人に僕の手首を託したら現役続行あるかもしれない」と思って、その年の冬にアメリカに行って治療してもらいました。その方には今でもケガの相談に乗ってもらっていて、治療していただく恩師です。みんなが「ゴッドハンド」と呼ぶ人なのですが、「本当のゴッドハンドってこういうことなのだ」と思うくらい救われました。

 ゴトビ監督とは度々言い合いになりましたけれども、でもそのトレーナーに会えたのもエスパルスに入団できたのも監督のおかげですし、少なくともマイナスなことだけではなかったので、僕はゴトビ監督との出会いをネガティブには捉えていません。

 うーむ。所長は、基本的に過去のことは蒸し返すつもりはないし、ゴトビ監督時代のことも、今さらどうこう言うつもりはない。ただ、当時のチーム内の雰囲気が伝わる話だなと思って、引用させていただいた次第。

 今願うことは、今季、ゴトビ氏以来の「革命家」を招聘した清水が、今度こそそれを成就させてほしいという、ただそれだけである。

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 いなくなった選手のことは、基本的にどうでもいいけれど、「ベルギー移籍の松原后、ステップアップに意欲『セリエAやブンデスリーガへ』」という記事を読んで、所長の評価による松原后のレーダーチャートを作ってみたくなった。それが上図である。

 まあ、応援はしてるよ。あんまり期待はしてないけど。

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 へえ、川崎の攻撃力って、大したことないんだね。湘南相手に5点しかとれないのか(笑)。

 なんて軽口をたたいて、浦和戦敗戦の憂さを晴らす今日この頃。皆さんはいかがお過ごしですか。

 湘南のチョウキジェ監督のパワハラ騒動、去就問題を、外野から眺めていて、所長なりに、色々思うところはある。まず、Jリーグによる調査が長引きすぎて、湘南のチームにとっては気の毒だったということだ。調査の時間がかかっているうちに、湘南はみるみる成績を落とし、完全に残留争いに巻き込まれてしまった。どんな結論にせよ、Jリーグがなるべく早く結論を出し、湘南が宙ぶらりんの状況から抜け出せるようにしてあげるべきだっただろう。もし今季、湘南が降格することになったら、残留争いがJリーグによるパワハラ裁定のさじ加減で決まってしまったという意味で、公平さを欠くことになろう(むろん、今の清水にとっては結果的に助かるが、そのことは別問題)。

 その一方で、伝えられているようなパワハラが事実だったとするなら、チョウキジェ監督はアウトだろう。昨日、同監督の退任がようやく発表されたが、続投などということになったら(一時はそういう雰囲気もあった)、非常識な判断だったろうと思う。

 当S研でも、チョウ監督の作り上げた湘南イズムを称賛したりしたことがあったが、それが人権侵害の上に成り立っていたのだとしたら、謹んで評価を撤回したい。湘南のような予算規模の小さなクラブをJ1で戦えるチームにするためには、監督が多少強権的に選手・スタッフを叱咤激励することは必須だろうが、当然越えてはいけない一線があり、それを越えた事実が明らかになったわけだから、退陣は当然だろう。

 さて、今回、この問題に触れたのは、戸田和幸氏のブログで「見て見ぬふりをしない」という記事を読んだからである。当S研では、何度か戸田氏に言及し、清水の監督就任待望論を唱えたりもしたが、今回のブログを読んで、改めて日本サッカー界にとって大切な人だと感じた。こんなOBを、ぜひクラブにとっての資産として活用したいものである。

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 DAZNの川崎VS清水戦の解説は、戸田和幸氏だった。戸田氏は、おそらく日本の熱心なサッカーファンの間では人気No.1の解説者だろうし、当S研でも「ぜひ清水の監督に」と推したことがあった。

 他方、戸田氏は忖度をせずに、痛いことをズケズケというタイプなので、昨今の清水の試合を解説すると、どうしてもコメントが苦言じみてくる。それを、快く思っていない清水サポもおられるようだ。

 ただ、所長としては、厳しいことをどんどん言ってほしいと思っている。「良薬は口に苦し」という言葉があるが、戸田氏の解説は「良言は耳に痛し」だ。駄目出しをされるのは我々にとっても辛いけれど、具体的な問題点を一つ一つ克服しなければ、清水の今後の躍進などはありえないのである。たとえば、川崎での清水の戦い振りを、解説者が称賛してくれたとしたら、それで少しでも我がクラブの足しになるだろうか? 誰がどう見ても、課題だらけのチームであり、今はどうにか、だましだまし勝ち点を拾っている境遇である。解説者が無料で問題点を指摘してくれるのだから、こんな有難いことはないではないか。苦言を呈されるということは、まだ見捨てられてはいないということであり、駄目出しをされるうちが華である。

 それで、有難いことに、戸田氏は今回の試合につき、自身のYouTubeチャンネルで、戦前のプレビューと、試合後のレビューを、両方アップしてくれている。上掲がレビューである。この中で戸田氏が特に強調しているのは、清水のサイドハーフのポジショニングの問題である。まず、敵がボールを持って清水がプレスをかける時に、サイドハーフが前寄りの位置をとり過ぎ、4・2・4のようになって中盤が薄くなり、それでボランチの脇を使われたり、酷い時にはボランチの間を通されたりするという問題が指摘されている。また、ファーサイドのサイドハーフは、もっと中に絞らなければ駄目であり、現在は外に張り過ぎているので、それも中盤がコンパクトさを保てない一因となっているということである。

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 オーストリア・リーグも開幕してすでに4試合を消化したはずだが、「北川が活躍した」という話は、一向に聞こえてこない。ラピッド・ウィーンのHPを見てみたが、ドイツ語だけのページであり、試合情報も詳しくなく、本人がベンチ入りしているのかも、良く分からない。

 それで、選手のページを見てみると、上の画像のように、航也の身長が178cm、体重が79kgとなっている。清水時代のプロフィールでは、180cm、74kgになってなかっただろうか。まあ、確かに、航也が大柄という印象はなく、むしろ清水時代に身長を盛っていて、オーストリアに行ったら正確なデータが記入されてしまったのかもしれない。

 つい先日、「今生の別れ」みたいな雰囲気で、ウィーンに旅立った航也だったが、今のままでは、そう遠くない将来に我々との再会の日が訪れるかもしれない。本人は、それは気まずいし、不本意だろう。だったら、その場所で頑張るしかないわな。

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 いや~、ユースも勝っちゃったね。なかなか幸せな週末だった。

 ところで、川崎がリーグ連覇を決めて、目に留まった情報の中に、こちらの「川崎F小林、大島ら発掘 連覇の陰にスカウトあり」という記事があった。J黎明期に清水のFWとして活躍し、オールドファンには懐かしい向島建氏が、川崎でスカウトを務めているらしいというのは、知ってはいた。ただ、今回の記事を見ると、現在の川崎の黄金時代を支えているのは、向島氏の眼力によるところがかなり大きそうである。

 今季、J1で戦った中で、唯一川崎だけは、「こりゃ絶対に勝てないな」という相手だった。ホームで川崎に負けた時、当S研では、こんなことを書いた。

 我々は、川崎に勝てるように努力するよりも、川崎のサッカーがなくなることを期待した方がいいと思う。川崎はチームとして優れているが、属人的要素も大きく、中村憲剛が引退したり、大島が移籍したりしたら、もうあのサッカーは続けられないと思う。川崎のサッカーがなくなるまで、我々は我慢だ。おそらく、そんなに遠い将来ではあるまい。我々は、自分たちのできるサッカーをやり、勝てる相手に勝てば、それでいいと思う。

 しかし、今回の記事で紹介されているように、もしも現在の川崎に良い選手が揃っているのが偶然でなく、スカウト向島氏の目利きによるものだとしたら、今後も川崎に良い選手が集まり、その栄華は続くことになる。「川崎のサッカーがなくなるのは、そんなに遠い将来ではあるまい」という所長の希望的観測は、外れてしまうことになる。向島氏が、清水と大いに縁のあった人だけに、「もしも向島氏が川崎でなく、清水のスカウトになっていたら・・・」と、イフを問いたくなってしまうのである。

 いや、こういう運命の成り行きだ、仕方あるまい。その代り、清水には育成があるではないか。

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 ご覧になった方が多いかもしれないけど、NHKのナイジェリアVSアイスランド戦で、イチ君が解説を務めていた。これまで解説をやったことがあったのか、未確認だけど、少なくともワールドカップみたいな注目度の高い試合としてはデビュー戦だったはずだ。しゃべりも、内容も、そつなくこなしていたと思う。特に、アイスランドの選手なんて、全員語尾が同じなので(笑)、覚えるのが大変じゃないかと思うのだけど、言い淀みなく選手名を口にしており、一生懸命予習したんだろうなーと感じた。本人は清水のスタッフなので、当面はJリーグの解説をすることなどは想像しにくいが、プレーヤーとして代表も様々なカテゴリーも経験した人なので、将来的には解説者というキャリアもアリなのかもしれない。

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 当S研の記事カテゴリーには、「レジェンド」というカテもあるので、たまにはその記事も書かないとということで、安永聡太郎のことに触れたいと思う。ご存知の方も多いと思うが、こちらのサイトで、田崎健太氏というライターが、安永聡太郎のキャリアについての連載を手掛け、このほど同連載は完結した。それで、清水とのかかわりが語られているのは、連載のNo.9No.10である。

 安永が清水にいたのは、清水にとっての黄金時代とも言えるペリマン、ゼムノヴィッチ時代だったので、多くの清水サポにとって安永はそれなりに働いてくれたプレーヤーという位置付けになるのではないかと思う。しかし、本人は大いなるジレンマを抱えて清水でプレーしていたということが、この連載から良く分かった。

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 1月8日に草薙で開催された、日韓代表のOBたちによるレジェンドマッチ、BS朝日で放送していたので、それを眺めてみた。あいにくの冷たい雨が降り注ぐ天気であり、大榎氏をはじめ、両国選手はブルブルと震えるような様子で入場。あのお天気では、選手も、観客も、罰ゲームに近い感覚があっただろう。もっと良い天気でお客さんも沢山入ったら、日本チームももっと頑張ったかもしれないが、ああいう厳しいコンディションではどうも韓国チームの方がたくましさを発揮する傾向があり、試合は4:0で韓国が完勝。ついでに言えば、冬枯れした草薙の芝生は、1980年代を思い出させる懐かしくも物悲しい風景だった。清水のOBでは、大榎、澤登、三浦ヤス、齋藤などの各氏が出場したが、あまり大きな見せ場はなかった。唯一の現役プレーヤーとして特別出場した小野伸二も清水OBと言えばOBだが、大事なシーズンを控えた時期であり、無難なプレーに終始していた。現役のフル代表による日韓戦の前座試合として、OB戦をやったら、かなり本気度が増して盛り上がりそうな気もするけど、いかんせん今回は「寒い」だけの試合だった。

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 こちらに、ノンフィクションライターの田崎健太さんが書いた、安永聡太郎氏についての物語「少年のようにサッカーを愛する男は、なぜ監督とぶつかって干されたか」が出ている。まだ第1回だが、これからエスパルスの話とか出てくるのか楽しみ。忘れないように、メモ。

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