今ではキャスターとして知られる永島昭浩氏。若い清水サポの皆さんは、彼がエスパルスの一員として戦った一時代があったというイメージが湧かないかもしれない。元々彼はガンバのスター選手だったわけだが、清水がくどいて、Jリーグ2年目は清水に所属したのだった。

 その永島氏のインタビューが、こちらに掲載されている。かつての在籍選手が、清水のことをどう言っているかは気になるところだが、基本的に好意的な内容で、安堵した。以下のような発言が注目される。

 Jリーグが開幕した時には、その後まさか自分がガンバから移籍するなんて、思ってもみませんでした。ただ、エスパルスが熱心に誘ってくれて、自分もまだ若かったので、新たな挑戦のほうに魅力を感じました。いま振り返ると、カズ(三浦知良)と一緒に露出をして、Jリーグを盛り上げていく立場だったので、リーグ全体のことを考えていれば、移籍はしなかったかもしれません。自分の事だけを考えて決断してしまい、若気の至りでした。

 ガンバからエスパルスに移籍する時、実は当時のエスパルスの社長が大阪まで来ていただき、『いまの年俸の2倍を出す』と言ってくれたんです。ただ、『お金で移籍した』と言われるには嫌でしたし、自分の生き方としも違うと思ったので、『ガンバと同じで構わない』とお断りしました。

 (清水から神戸へのの移籍に関しては)ヴィッセルは95年の1月に発足したんですが、実はそれに合わせてオファーをいただいていたんです。新しいチームを作りたいので力を貸してほしいと。故郷の神戸のチームだったので、個人的には前向きだったのですが、エスパルスはJFLのチームに出すわけにはいかないということで、一度お断りしたんです。ただその後、ヴィッセルの始動日でもあった1月17日に阪神大震災が起きた。僕の実家も全壊しました。幸い両親は無事だったんですが、ボランティアなどを経験する中で、自分は他に何が出来るんだろうとずっと考えていました。エスパルスでの2年目がスタートしていたんですが、ヴィッセルはスポンサーのダイエーが撤退し、どうなるのだろうと気になっていました。それでも、Jリーグ入りを目指して頑張るという話を聞いて、ヴィッセル関係者の覚悟を感じました。そして、再度オファーをいただき、エスパルスも『永島の意志に任せる』と言ってくれたので、移籍を決断しました。

 なるほどねえ。Jリーグが開幕して、選手の年俸が高騰し、その中で清水も無理をして戦力を拡大して、それが後に経営危機に繋がるわけだけど、永島氏の証言は(本人は2倍の年俸は辞退したそうだけど)当時の雰囲気を伝える非常に生々しいものだ。

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